長岡京市民にとって、ホタルは夏の風物詩ですよね。夜闇で光る幻想的な姿を毎年楽しみにしている方も多いのでは。しかし実は一時期、長岡京市のホタルは絶滅し、姿を消してしまったことがあるのをご存知ですか?
今回は、そんなホタルの危機を救い、今もホタルの保護を続ける「長岡京市ゲンジボタルを育てる会」の会長・藤井昇二さんに、ホタル復活へ挑戦の軌跡をうかがいました。
「もう一度ホタルを見たい」をきっかけに。40年続く保護活動
―本日は、どうぞよろしくお願いします!
藤井 よろしくお願いします。
―私たち地元民にとっては馴染み深いホタルですが、引っ越してきて間もない方などは、その存在をご存知ないことも多いのでは。まず、ホタル観賞のベストスポットを改めて教えてください!
藤井 メインは小泉川です。ホタルがいるのは、川と阪急京都線が交差するあたりから上流。特に多いのは、京都縦貫自動車道の下を小泉川がくぐっている高架下あたり、金ヶ原橋付近です。あとは、さらに上流の西代里山公園内にある池でも見ることができますよ。
藤井 この一帯はゲンジボタルが生息する環境が保たれていることから「京都の自然二百選」にも選ばれているんです。
―やっぱり小泉川ですよね! 金ヶ原橋あたりは住宅街で、山深い場所でもないのに気軽にホタルに出会えるのが嬉しいんですよね。
藤井 そうですね。昔は今の倍以上の数のホタルが、川筋から溢れるように飛んでいたんですよ。川の脇には竹やぶが広がっていて街灯も少なく今よりも暗かったので、ホタルの光がより鮮明に見えてそれはそれは幻想的で綺麗でした。僕は子どもの頃から、そんな景色を見て育ちました。
―今よりもっと美しい光景が広がっていたんですね。それがどうして、ホタルは姿を消してしまったのでしょうか?
藤井 原因は川が汚れたことや、宅地化により周辺が明るくなったこと。だんだんと数を減らし、40年ほど前にいなくなってしまいました。しかし、ここのホタルの美しさを知る地元の人たちが「あの景色をもう一度見たい、未来にも伝えたい」と動き出します。小泉川の清掃活動をしていた市民団体が当時の長岡京市と協力してホタルの復活を目指すことになり、昭和59年(1984年)に誕生したのが「長岡京市ゲンジボタルを育てる会」です。
キャプション)「長岡京市ゲンジボタルを育てる会」では近年、毎日ホタルの数を記録
―ということは、会の発足からおよそ40年。長きにわたって活動を続けてこられたんですね。絶滅状態からスタートし、どのくらいで成果が出るようになったんでしょうか?
藤井 今では、多い日には小泉川全体で300匹ほど飛ぶこともあるんですが、本格的に数が増えてきたのは、実はここ5、6年のことなんです。
―そうなんですか! ということは30年以上も、なかなか成果が出ない日々が続いたわけですね。
藤井 そうなんです。平成10年(1998年)に第1回の「ホタル観賞の夕べ」を開催しましたが、その時は5、6匹がチラチラっと飛ぶ程度でした。期待して見にきてくれた人たちに申し訳ない気持ちでしたね……。諦めかけたこともありましたが、子どもの頃に見たホタルの美しさを思い出しながら、なんとか活動を続けました。
―活動とはまず、どんなことから始められたのでしょう?
藤井 最初は「何から始めたら良いのやら」という状態だったと聞いています(笑)。資料などを調べたところ、ホタルを増やすにはまず餌を増やすところからということがわかったそう。なので、餌を増やす活動が初めの一歩でした。ホタルが何を食べるか、知っていますか?
―ホタルの餌……。か弱く繊細な生き物というイメージなので、草花とかでしょうか?
藤井 いいえ。実はホタルは肉食なんですよ。
―ええ!? なんだか意外です!
実は肉食!?ホタル復活の鍵は餌の「カワニナ」にあり!
藤井 実はホタルが食べるのは、小さな巻貝の一種であるカワニナという生き物だけ。つまり、まずはカワニナを増やす必要があったんです。
一カワニナ以外食べない!? めちゃくちゃグルメな生き物なんですね……。
藤井 そうなんです。まずは皆で大原野までカワニナを獲りに行き、池を作って養殖を始めました。当初池を作ったのは現在の西代里山公園にあたる場所。公園が整備された際にも、園内に改めて池を作り直しました。これが現在のカワニナとホタルの養殖池です。
―緑に囲まれた小さな池ですね。ここにはどんな秘密が?
藤井 上流からきれいな水を引き、冷たくなりすぎないように池を2つに分けています。カワニナは落ち葉などを食べるので、周りにはカワニナの好きなイヌビワとホウの木を植えました。昔はわざわざ野菜などの餌をやっていましたが、今ではもう勝手に増えてくれるんですよ。
―ホタルの食事の準備は万端というわけですね。ここにホタルを放すのでしょうか?
藤井 ここに放すのは、成虫ではなく幼虫。カワニナを食べるのはホタルの幼虫ですからね。
―その幼虫は、一体どこから?
藤井 毎年6月半ばごろに小泉川で親ホタルを捕獲するんです。大の大人が虫取り網と虫かごを持って、本気でホタルを捕りに行くわけです(笑)。池へ放流する幼虫は、その親ホタルが産んだ卵を大切に育てて養殖したもの。下流で見られるホタルも、ここから流れていった幼虫が羽化したものが大半なんですよ。
―幼虫を養殖!? それはどこで行われているのですか?
藤井 実は、長岡京市役所内にホタルを養殖する“秘密の部屋”があるんですよ。
―えー! 秘密の部屋、とっても気になります……!
藤井 ぜひ市役所に行って、見せてもらうといいですよ。
―はい!後ほどお邪魔してみます!
(読者の皆さん、“秘密の部屋”に潜入した様子は後ほどご紹介しますので、お楽しみに★)
―カワニナの養殖、そして幼虫の養殖を通して、ホタルの数を増やしていかれたわけですね。それでも長年成果が出なかったのは、どんな理由があったのでしょう?
藤井 もちろん会員にホタルの専門家はいませんから、最初は試行錯誤の連続。どれくらいの親ホタルを捕って、どれくらい卵を産ませたら良いのか。幼虫を放流するのはいつ、どんな場所が良いのか。わからないことだらけでした。そこで、資料を調べたのはもちろん、2年に一度は山口県などホタル保護の成功例があるところへとあちこち出かけて、ノウハウを教えてもらう視察研修を繰り返しました。
―なるほど! そのおかげでだんだんベストなやり方がわかってきたのですね。
藤井 そうなんです。おかげで以前は親ホタルを捕りすぎていたことや、幼虫放流の時期が早すぎたことなどが分かり、少しずつ改善していきました。今では親ホタルの捕獲は20〜30匹に抑え、その代わり幼虫がある程度大きくなる11月まで育ててから放流しています。
そういった改善に加えて、川の清掃活動やホタルを勝手に捕る人がいないか見回るパトロールを続け、さらに近隣の皆さんの環境への意識も高まってきたことなどが理由で、近年やっとホタルの数が安定し始めたのだと思っています。
―まさに努力の賜物ですね!
しかし、10年ほど前に京都縦貫自動車道が整備された際には、ホタルが減ってしまったと聞いたことがあるのですが……。
藤井 そうなんです。確かにその時の工事で、ホタルたちが深刻な影響を受けるのではと懸念もありました。しかし、私たちの取り組みを知った建設会社が、工事に先駆けたカワニナの保護に力を貸してくれたり、工事で出る汚濁水を浄化してから河川に放流したりと配慮をしてくれたんです。川の両岸に緑を残す形で工事が行われ、ホタルたちの棲み家も残すことができたおかげで、影響を最小限に抑えることができました。
―そんな経緯や思いを知ると、ホタルをより愛おしく感じます。
長岡京市役所にある“ホタル養殖の秘密部屋”に潜入!
さて、藤井会長が教えてくれた、市役所にあるホタル養殖の秘密の部屋が気になってたまらない編集部スタッフは、今回特別にその現場に入らせてもらいましたよ!
長岡京市役所のホタルのお世話担当・長澤さんが案内してくれたのは、市役所の半地下にある、バケツや実験具をはじめ、様々な道具が並んでいる一室でした。
―市役所にこんな部屋があるなんて知りませんでした!
長澤 ご存知ないのも当然です! ここでホタルの幼虫を育てているなんて、職員ですら知らない者もいるくらいです(笑)。ここは、普段は水質調査などのために使っている分析室と呼ばれる部屋なんですよ。
―捕獲してきた親ホタルたちはどこにいるのでしょう?
長澤 あの大きなかごの中にいます。開けてみますね。
―いました〜! これがゲンジボタル!
長澤 この親ホタルたちが、かごの中にある水ゴケに卵を産み付けます。そして孵化した幼虫が、かごの下にある水を入れたバットに降りていきます。卵が乾燥してしまわないよう、毎日霧吹きで湿らせます。
―毎日ですか。なかなか地道な作業ですが、責任重大ですね。
長澤 もう日課になっていますからご安心を(笑)。幼虫が生まれたらカワニナを離乳食のように潰して与え、夏から秋まで約5ヶ月間育てます。
―なんだか愛着が湧いちゃいますね。
長澤 秋頃には、多い年には500匹ほどの幼虫が育つので、それを西代里山公園の養殖池に放流するんです。
キャプション)このバットの中に、孵化した幼虫が降りていきます
―手塩にかけて育てた幼虫を無事放流したときのお気持ちは?
長澤 実は育てている間、幼虫は石などの影に身を潜めていてなかなか姿形をしっかり見られることがないんです。なので、放流の時に幼虫たちの大きさや数を目の当たりにした時には「立派に育ってくれた!」とほっとするとともに、達成感を感じます。無事に冬を越え、翌夏にホタルが飛んでいるのを見ると、とても感慨深いですね。
―こんなに感動的なお世話の秘話があったとは。
「長岡京ゲンジボタルを育てる会」と長岡京市が協力してホタルを保護されていたんですね。
目指すは、ホタルが飛ぶのが“当たり前”の長岡京市
―絶滅と保護活動を経て今や再びホタルが長岡京市の夏の風物詩になっているとは、本当に感動的です。
藤井 皆の手で守られているホタルを楽しんでもらおうと毎年6月半ばに開催している「ホタル観賞の夕べ」も、毎回大盛況です。市内の和菓子店「みずは北川」さんが作った「ほたる万頭」とともに、「長岡京ゲンジボタルを育てる会」会員が点てたお抹茶を楽しんでいただけますよ。
市民が親戚やお友達に「そろそろ長岡京のホタルが飛ぶから見においで〜」なんて言って、皆で集うきっかけになったりもしているようです。コロナ禍で2020年と2021年は中止となってしまいましたが、また開催したいですね。
―ホタルが繋ぐ縁、素敵ですね。
最後に、今後の抱負を教えていただけますか?
藤井 綺麗なのはもちろんなのですが、改めて魅力を語るのが難しいくらい、僕にとってホタルは“当たり前”なんです。子どもの頃から、初夏になると小泉川でホタルが飛ぶのは日常の光景でした。だから今の子どもたちにも、この風景が当たり前だと感じてもらえるよう環境を守り続けていきたい。ゆくゆくは自然発生だけでホタルが飛び交う長岡京市になるといいなと思います。
―近所に当たり前のようにホタルが舞う環境。実は、とっても贅沢なことなのかもしれません。貴重なお話を、ありがとうございました!
大阪京都へのアクセスも良く便利なまちなのに、ちょっと山手に行けばきれいな水と自然があり、夏にはホタルが飛び交う。そんな長岡京市の豊かさを、再発見できました! これから先もずっと、長岡京市でホタルを楽しみたいですね。
【コラム】ホタルを観る時はここに注意!マナーとポイント
美しいホタルが見られる条件や、ホタルの邪魔をしないため観賞の際に気をつけたいことなどを、藤井さんに尋ねました。
―例年、見頃はいつ頃ですか?
藤井 だいたい6月中旬が中心ですが、年により前後します。ホタルの見頃は桜の開花に比例するなんて言われることも。参考にしてみてくださいね。
―どんな日を狙えば、ホタルがたくさん見られますか?
藤井 雨上がりなど、じめっとした蒸し暑い夜はホタルが元気。見頃の時間帯は20〜21時頃、23〜24時頃と1日に2回。安全のためにも、1回目の時間帯を狙うのがおすすめです。
―ホタルたちを驚かしてしまわないよう観賞するための心得を教えてください。
藤井 懐中電灯やスマホなどの強い明かりや大きな物音はNG。そっと見に来てくださいね。
―明かりはNG? 暗くてなんだか不安です……。
藤井 暗闇を飛ぶ優しい光を楽しむことこそ、ホタル観賞の醍醐味ですからね。僕たちが子どもの頃は、月や遠くの街灯の明かりを頼りに遊ぶのは慣れっ子でした。現代人が過ごす環境は、夜でも明る過ぎるのかもしれませんね。いざという時のためにライトは持参しつつ、安全な範囲で、暗闇に目を凝らしてみてください。徐々に目が慣れてきて、ホタルの光をどんどん美しく感じられようになると思います。
―なるほど。今の子どもたちにとったら、暗い場所を歩くだけでもちょっとした冒険なのかもしれません。
藤井 あと、暑くてもサンダルで見に来るのはNG。長いズボンとスニーカーで、虫やヘビ対策を。ホタル観賞を通じて、自然の中で遊ぶことの楽しさや注意点を知ってもらえたら嬉しいです。
ホタルはとても繊細な生き物です。驚かしたり、ゴミのポイ捨てや無闇な捕獲をしたりしないよう、マナーを守って楽しみたいものですね。
★西代里山公園
長岡京市奥海印寺西代6-2
★アクセス
はっぴぃバス「鈴谷口」から徒歩2分、「桜橋」から徒歩3分(※ 運行は月曜日~金曜日)
阪急バス「奥海印寺」から徒歩3分、「金ヶ原口」から徒歩8分
★駐車場
あり ※ただし19時で閉まるため、ホタル観賞の時間帯は駐車できません
撮影:岩﨑寿(おみや写真館)
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