長岡天満宮に隣接する老舗料亭「錦水亭」では、140年の時を超え、今もなお人々を魅了する美しい建築と、たけのこ料理など四季折々の京料理が楽しめます。加賀大工の技術が光る本館、八条ヶ池に浮かぶ幻想的な池座敷、普段は非公開の旧旅館「竹生園」など、見どころ満載。
今回は錦水亭のツアーガイドを務める建築家、中田哲さん・貴子さんご夫婦が、その魅力を徹底解説!歴史的背景から建築美、そしてグルメ情報まで、錦水亭のすべてをご案内します。
\なかの邸の建築についてはこちらの記事をご覧ください♪/
案内人は文化財の改修を得意とする長岡京市在住の建築家夫婦
建築士の中田 哲(さとし)さん、貴子(たかこ)さん夫婦
建物を案内してくれるのは中田哲建築設計事務所の中田哲(さとし)さん、好日舎の中田貴子(たかこ)さん夫婦。長岡京市に事務所を構え、日本の伝統的な建築様式を取り入れた設計や、文化財の改修などを得意としています。2019年に行われた、なかの邸の改修もお二人が担当。なかの邸だけでなく、錦水亭や聴竹居(ちょうちくきょ)のツアーガイドを務めるなど、西山の文化財に精通するお二人。その眼差しを通して、錦水亭・竹生園の魅力を紐解きます。
長岡天満宮に隣接する老舗料亭
長岡天満宮に隣接する「錦水亭」がある場所は、江戸時代から続く紅葉の名所として知られています。秋になると、境内は鮮やかな紅葉で埋め尽くされ、その美しさは錦を思わせます。このことから、旧宮家の山階宮(やましなのみや)から「錦水亭」の名を賜ったんだとか。
境内の東側に位置する八条ヶ池は、寛永15(1638)年、桂離宮を造営した八条宮智忠親王(はちじょうのみや としただしんのう)によって作られた灌漑(かんがい)用のため池です。この池は、周辺の景観に潤いを与え、地域の人々の生活を支えてきました。
そんな歴史ある八条ヶ池に点在する建物は、明治14(1881)年に創業した料亭「錦水亭」のシンボル池座敷(いけざしき)。春には名物のたけのこ料理を目当てに多くの人が訪れます。
本館も名建築!加賀の力強さ、京の優美さが融合。時を超え輝く匠の技
西側に位置する大きな木造建築が錦水亭の本館です。伝統的でありながらもモダンな雰囲気が漂う本館は、北陸の棟梁を京都に呼び、2年の歳月をかけて建てられたもの。京都ではあまり見慣れない北陸の遊び心が散りばめられた装飾が、格式高い空間に独特の個性を添えています。
細部にまでこだわり抜かれた意匠と、開放的な眺望が織りなす極上の空間を細かくみていきましょう。
まず注目すべきは立派な玄関。池座敷と同じ弁柄※(べんがら)の赤い壁が印象的です。
唐破風(からはふ)※の屋根の下、紅葉と波で「錦水」を象った懸魚(げぎょ)※が目を引きます。神社仏閣や城郭建築に用いられる懸魚は、まさに格式の証。お客さまをお迎えするにふさわしい意匠です。
「唐破風は時代によりカーブの緩やかさが違うので、ほかの建築と見比べてみると楽しいですよ」と哲さん、「玄関扉上の筬欄間※(おさらんま/下写真)もぜひご覧ください」と貴子さんが説明を続けます。
屋外ながらも保存状態が良い筬欄間はとても貴重。すべて手仕事で、細かな部材を真っ直ぐに組んだ精密さは実に見事!中に入るまでにも見どころが満載です。
【用語解説】
※弁柄:古くから使われてきた赤い顔料のこと。防腐・防虫効果があり、木材の保護にも用いられる
※唐破風:曲線状の装飾的な屋根の三角部分
※懸魚:屋根の三角形の頂点部分に取り付けられる装飾的な部材
※欄間:壁の上部に取り付けられる、採光や通風を目的とした装飾的な建具のこと
2階西側の部屋「西小間」
続いては大きな階段を上がり2階へ。東小間、西小間、大広間の3部屋から構成され、いずれも伝統的な書院造りです。
2階東側の部屋「東小間」
「本館を建てたのは加賀の大工。どっしりとした欄干からは太い部材を好んだ雪国らしさが感じられます」と哲さん。窓を開けた際に外との一体感が生まれるように、欄干は見通しの良いデザインに。140年以上の間、大切に受け継がれています。
一面のガラスは全て収納可能とのこと。手前の欄干のみを残すことで、視界が一気に広がり、室内からでも庭の景色を存分に満喫できる
「加賀大工らしい大胆さと、細部に見られる京都らしい繊細さ、二つのコントラストを楽しんでください」と貴子さん。書院に光を取り込むための障子に施された組子細工(くみこざいく)にも注目です!
続いては現在結婚式などにも使用されている大広間へ。足を踏み入れた瞬間、視界が開け、壮大なパノラマビューが広がります。時間の流れとともに表情を変える景色は、まるで生きた絵画のよう。朝は清々しい光が差し込み、昼は緑豊かな庭園が輝き、夕暮れ時には茜色の空が広がります。
レトロなインテリアも見どころのひとつ。いたるところに錦水のモチーフが見られる
最も格式が高い大広間は、天井を高くした格天井※(ごうてんじょう)。書院や床の間、違い棚は東と西の小間より大きなスケールで設計されています。
【用語解説】
※格天井:格子状に仕上げた格式高い天井
大広間にある一枚ものの床板は、良質な木材が流通していた時代の証。そして、視線を上げると、ひときわ目を引くのはツツジの変木を使った床柱。「ツツジの変木を使った床柱は、長岡天満宮がキリシマツツジの名所ゆえの遊び心かもしれませんね」と哲さん。
格式高い大広間に、こんなにも粋な計らいが隠されているとは。まるで、時を超えたサプライズ!時を重ねた空間に、現代の私たちをもてなす、そんな遊び心が息づいていることに、ほっこりします。
全国的にも希少!八条ヶ池に浮かぶ6棟の池座敷
山からの湧き水が池座敷手前の放生(ほうじょう)池を通り、八条ヶ池へと流れ込む
続いて本館を出て八条ヶ池に浮かぶ6棟の池座敷へ。こちらは初代が店を開く以前からあった幕末ごろの建物。昔は池の北側にも同じような池座敷が点在していたそうで、江戸時代から風光明媚な行楽地として賑わっていたことが偲ばれます。
畳に座ると、ちょうど目線の高さにガラスが。「隣の人と目が合わないよう、座敷ごとに向きや高さをバラバラに配置しています。昔の人もお客さまの気持ちをよく考えていたんですね」と、二人とも昔の建築に学ぶことが多い様子。
全国的にも大変珍しいこのような池座敷で、八条宮智忠親王ゆかりの景色を眺めながら料理を味わう経験は、とても貴重。一度は訪れておきたい場所です。
建築と景色を楽しみながら、名物のたけのこ料理を堪能
「たけのこづくし」14,000円 ※消費税・サービス料別 ※写真は一例
桜、キリシマツツジ、新緑、紅葉と四季折々の景観が楽しめる錦水亭。素晴らしい景色とともに旬の食材を取り入れた京料理が味わえます。なかでも自家栽培の朝掘りたけのこを贅沢に使った春の会席は、たけのこの産地だけの特権!あらゆる調理法で、京たけのこを心ゆくまで堪能できます。
1970年の大阪万博を機に建設した旧旅館「竹生園(ちくぶえん)」
そして最後に立ち寄ったのは、錦水亭が1970年の大阪万博を機にオープンした旧旅館「竹生園(ちくぶえん)」。こちらは数寄屋建築を得意とし、国内外で活躍する向日市の安井杢(やすいもく)工務店が手がけた初期のコンクリート建築物で、とても貴重なもの。現在は、長岡京市に本社を構える竹メーカーの高野竹工が「Shop & Gallery 竹生園」を営業中です。
早速外観から見ていきましょう。「玄関横をよく見るとこちらの壁は、あえて木材の隙間を開けることで、竹の立体感を伝えています」と、哲さん。
旅館の名残を感じる看板。万博からの外国人観光客を想定し、英語を併記
1階のショップ兼ギャラリーでは、実際に高野竹工の商品を手に取り購入することができる
建物内をぐるりと歩いてみると、竹林が主役の建物ということが、ひしひしと伝わってきます。建物は竹林を囲うように建てられており、どの部屋からも青々とした竹が眺められます。
実はこの竹林、お客さまにたけのこ料理を振る舞うために、かつてはたけのこを栽培していた場所。旅館の客室からは、その様子が眺められるようになっており、たけのこ掘りのショーが催されていたというから驚きです。
お客さまを楽しませるエンタテインメントの一環として、先代が自らたけのこを掘る姿を見せていたそうです。
階段を上がる際には、贅沢に使われた竹の天井に注目を
普段非公開の宴会場&客室を特別にご案内!
現在はイベント時のみ入ることができる2階の100畳の大広間は、かつての宴会場。哲さんによると、見せたいのはやはり庭。
「部屋から廊下へと目を移すと、天井が少しずつ低くなっているのが分かりますか?これは、本館と同じように、外の景色が部屋の中に続いているように感じさせるための工夫。日本の建築では、このように内と外を繋げることを大切にするんですよ」と哲さんは教えてくれました。
1階とは違った目線で2階からも竹林を眺めることができる
左/客室から眺める竹林は、日常を忘れさせるような、格別な趣を感じる
右/レトロなタイルに惹かれる浴室
さらに、かつては多くの人々に愛され、思い出を作ってきた客室も、今回は特別に案内していただきました。これら10室の客室には、孟宗(もうそう)や蓬莱(ほうらい)など、それぞれ竹の名前が付けられています。お風呂場のタイルや客室の電話など、ノスタルジックな雰囲気が満載!
古き良き時代の雰囲気を味わうことができる貴重な空間は、新しいスポットとして再び人気を集める予感がします!!
繊細な竹細工が施された客室廊下のランプシェード
「シンプルな中に、上質な素材が際立っていますね。歴史を大切にする錦水亭の心が伝わってきます」と貴子さん。
左から、錦水亭の女将 池田みどりさん、5代目 池田久史(ひさし)さん
取材に当たり、隅々まで案内してくれたのは、錦水亭5代目の池田久史(ひさし)さん。「建物にも料理も日本の古き良き伝統文化がつまっています。ぜひ、その魅力を肌で感じにきてほしいです。」結婚を機に後継ぎとなった池田さんは、次の代に大切な建物を託すため、今日も料亭に立っています。
Information
錦水亭/075-951-5151/長岡京市天神2-15-15/11時30分〜21時(最終入店:昼14時30分、夜19時)/水曜定休 ※たけのこ時期は無休 ※14時30分以降の席は前日18時までに要予約/阪急「長岡天神」駅から徒歩約10分/HP/Instagram @kinsuitei
Information 高野竹工 Shop & Gallery 竹生園/075-925-5673(営業日のみ)/長岡京市天神2丁目15-15 錦水亭竹生園内/10時~17時 ※11月〜2月は16時30分まで/火〜木曜休(祝日営業)/阪急「長岡天神」駅から徒歩約10分/Pあり/HP/Instagram @takanochikko
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