発掘70周年!古代の都・長岡京の謎を解き明かす「埋蔵文化財のプロ」に密着

「もし、あなたの家の真下から、1200年前の都のメインストリートが現れたとしたら…?」

長岡京発掘70周年を迎えた今年、歴史的な大発見がありました。それは、長岡京のメインストリート「朱雀大路」の出土!なんと側溝と築地塀の雨落ち溝2本が一度に見つかったのは市内初!!

フェンスに囲まれた発掘現場で、土にまみれながらも目を輝かせる調査チーム。そのメンバーは一体、どんな謎を解き明かしているのでしょうか?知られざる埋蔵文化財の仕事に迫り、歴史のロマン溢れる発掘現場の裏側を徹底解剖します!

今回は長岡京市埋蔵文化財センターの職員として、発掘調査に携わっている福家 恭(たかし)さんにお話を聞いてきました♪


長岡京市は遺跡がいっぱい!?発掘調査って、何のため?

街中が遺跡!長岡京市で発掘調査が頻繁に行われる理由

年間20件ほどの遺跡発掘が行われる長岡京市。市街地のほとんどが長岡京と重なるため、マンションや商業施設など、土地の開発があれば必ず遺跡の調査が行われます。掘ればなんらかの遺跡に当たるというから驚き!頻繁に発掘調査の現場を見かける理由も頷けます。

こちらは、遺跡の場所を示す長岡京市の包蔵地(ほうぞうち)マップ。L字型に囲われた場所が長岡京にあたり(上写真)、丸くピンクの箇所はほかの時代の遺跡です(下写真)。

明らかになった遺跡のみが記されているため、今後あたらしい発見があれば、まだまだ遺跡が加わります。長岡京の解明に生涯を捧げた中山修一氏による初の調査から、今年で70周年。発掘調査の現場では、今もなお驚きの発見が続いています。


エキスパート集団!「埋蔵文化財調査員」ってどんな人たち?

出土品を観察する調査員

調査の中心となり現場監督を務めるのは、埋蔵文化財調査員と呼ばれる専門職。長岡京市では、専門として技師3名、学芸員の資格を持つ2名、埋蔵文化財センター職員1名の中から1現場につき1名が担当しています。調査員は、大学で考古学を専攻したのち、公務員試験に加えて専門試験も突破したエキスパート!年間で1人あたり4,5件の発掘調査を担当しています。

長岡京市立長岡第六小学校で発掘調査についての授業を行う調査員の鈴木 知怜(ちさと)さん

まだまだ知られていない調査員の仕事。学校からの要望に応えて出前授業を行うほか、校外学習では古墳や埋蔵文化財調査センターの解説も行っていますよ。


発掘現場はまるで宝探し!?

過去へタイムスリップ!?発掘現場を徹底調査

現場監督である調査員のもと作業に当たるのは、作業員と呼ばれるスタッフ数名。京都府内で発掘調査だけを専門に行うプロフェッショナル集団です。まずはショベルカーで、地層を一枚ずつ剥がすようにある程度掘り進めていったら、あとは手作業。遺跡が出てくると、調査員の細かな指示に従い道具を使い分け、慎重かつ丁寧に掘り進めていきます。

『センター設立三〇周年記念誌「埋もれていた歴史」』より

各時代の地層には、それぞれ「遺構」と呼ばれる、当時の人々の生活の痕跡が残されています。住居跡や、井戸、溝、道路など、様々な遺構が、地層の中に埋もれているのです。

面白いのは、異なる時代の遺構が重なり合い、互いに「切り合う」ように存在していることです。つまり、平安時代の建物の下に、古墳時代の住居跡が埋まっている、といった具合です。これは、この土地で長い年月をかけて、人々が生活を営み、時代とともに変化してきたことを示しています。

調査員たちは、この「切り合い」の関係を注意深く観察することで、遺構の新旧を判断し、それぞれの時代の出来事を正確に把握しようとします。

長岡京の遺跡発見後も、さらに深い層から縄文時代の遺跡が見つかることがあり、その場合も調査対象となります。限られた工期の中、遺構を的確に掘り進めるには、調査員の専門知識が不可欠です。


こだわり満載!プロの道具と服装を大公開

左上/土を薄く削るため、市販のスコップを加工。調査員の間では「まがり」と呼ばれている
右上/鋭利な園芸用の両刃鎌は繊細な発掘作業に最適。調査員の間では「ガリ」と呼ばれている
左下/より細やかな作業には、お手製の竹ベラが大活躍
右下/掘った土を運ぶ際に用いられる農作業用の手箕(てみ)

発掘現場で活躍する道具は、意外にも園芸用品。スコップや両刃鎌など、それぞれお気に入りがあり、先端が摩耗して無くなるまで使い込むとのこと。また、市販の道具でまかないきれない場合は、自分たちで道具を作ることも。スコップを曲げてみたり、竹ベラを手作りしたり、貴重な遺跡に傷がつかないように細心の注意を払っています。

発掘の頼れるパートナー!ベテラン作業員さん。動きやすい格好が求められる


服装は工事現場と同じく長袖が基本。万が一に備え、血液型を記載したヘルメットを着用しています。ぬかるんだ場所もあるので、夏でも長靴が欠かせません。発掘現場の大敵はゲリラ豪雨と猛暑。なんと、遺跡に溜まった雨水をポンプで抜くだけで丸2日かかったこともあるのだとか!

特に調査員は調査報告書をまとめるまでが仕事。そのため、現場では日々の記録をとる野帳(やちょう/写真左)が良き相棒です。ほかにも遺跡を測るためのメジャーや印を付けるためのスプレーなど、必須アイテムが多数。そのため、ポケットのたくさんついた服を好んで着ています。


発掘された出土品は落とし物扱い?! 

長岡京のさまざまな土器
『センター設立三〇周年記念誌「埋もれていた歴史」』より

発掘現場から回収した出土品は、落とし物と同じく遺失物法に基づき「所有者不明」として警察へ。京都府が埋蔵文化財認定をして、初めて国民共通の財産になります。

発掘調査の基本は記録保存。発掘後の整理作業では、土器や瓦など、可能なものは全て持ち帰り、一つひとつ丁寧に洗い組み立てて、写真と図面で記録します。柱や竪穴式住居などの跡は持ち帰れないため、調査員が写真と図面で記録。何時間もかけて遺跡をきれいに掃除し、建物の影にならない時間帯を狙ってやっと撮影。そんな苦労を知れば、報告書の見方も変わってきます。貴重な出土品は、大変な発掘調査の苦労が報われる瞬間!


大発見!長岡京の歴史を塗り替える発掘

長岡京のメインストリート「朱雀大路」現る!

朱雀大路跡。崩れた瓦は築地塀を側溝の中に崩した痕跡

発掘70周年を迎えた今年、長岡京のメインストリート「朱雀大路」がその姿を現しました!

「朱雀大路」の両脇には側溝と築地塀(ついじべい)が並んでいましたが、今回、側溝と築地塀がセットで発見されたのは長岡京市で初めて!都の都市計画を知る上で非常に重要な発見です。

今回の発見は、長年研究されてきた条坊復原図と、調査員たちの専門知識と経験があってこそ。地道な調査と分析が、1200年の時を超えて、少しずつ歴史の謎を解き明かしていきます!

※条坊とは、中国の都にならって採用された碁盤の目状の都市区画。


長岡京で発見された超レアな緑釉陶器(りょくゆうとうき)!調査員も感激

緑釉甑(左:横位置/右:底部)

発掘調査では、当時を物語る様々な遺物が出土します。中でも注目すべきは、緑色の釉薬がかかった甑(こしき)!

甑は蒸し料理に使われた調理器具ですが、緑釉陶器は当時大変高価なもので、貴族などの限られた人々しか使えませんでした。完全に形が分かる状態で出土したのは、長岡京市で初めて!政治の中心となる「長岡宮」から離れた場所で高価な緑釉陶器がなぜ埋まっていたのか!?と、驚きと感動の声が上がったそう。緑釉陶器の謎は、今も調査員たちの探究心を掻き立てています。もしかしたら、長岡京の歴史を覆すような新事実が隠されているかもしれません。


※甑(こしき)とは、蒸し物に使われる調理器具。下の火舎(かしゃ)に火を入れ、上の羽釜でお湯を沸かし、甑で蒸す。喫茶の道具という説もある


まだまだ紹介しきれませんが、長岡京市には貴重な出土品がたくさん!もっと詳しく知りたい方は、ぜひ、下記の関連お立ち寄りスポット「長岡京市立埋蔵文化財調査センター」や「長岡京市立中山修一記念館」へ足を運んでみてください。


気になる発掘調査の結果は、長岡京市埋蔵文化財センター公式サイト長岡京市の調査報告会でもお知らせしていますよ。

70年かけて長岡京の発掘調査はわずか数パーセント。残りの大半はまだ謎のベールに包まれています。どんな発見があるのか、これからも続く調査を温かく見守ってくださいね!


\中山修一記念館の紹介記事はこちらから!/

『いま、流行りのフィルムカメラと♪京都・西国街道レトロさんぽ』


\関連お立ち寄りスポット/

長岡京市立埋蔵文化財調査センター

Information 075-955-3622/長岡京市奥海印寺東条10番地の1/8時30分~17時(第2・4日曜日は10時〜16時)/土曜、第2・4を除く日曜、祝日休/阪急バス「明神前」停留所から徒歩約4分/Pあり/HP/Instagram @bunkazai.nagaokakyo

 

長岡京市立中山修一記念館

Information 075-957-7176/長岡京市久貝3丁目3番3号/10時~16時/火曜休/阪急「西山天王山」駅から徒歩約12分/Pあり/HP

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