長岡天満宮のすぐ西隣、緑に包まれた静かな敷地に佇む「長岡禅塾」。1939(昭和14)年に創立された寄宿制の禅道場で、一般の方に向けた坐禅体験会も開かれています。京都で坐禅体験をしてみたい方や、マインドフルネスに関心のある方にとって、日常から少し離れて心を整えられる場所。今回は、長岡京市にある本格的な禅の学び舎を紹介します。
創立約90年の禅道場「長岡禅塾」の成り立ち
長岡禅塾の正門は、長岡天満宮の一の鳥居(柳谷道側)からすぐ。石敷きのアプローチと杉木立が整然と続きます
この禅塾を創設したのは、明治から昭和初期にかけて活躍した関西の実業家・岩井勝次郎氏。現在の総合商社「双日」につながる岩井商店を興し、数々の企業の設立に関わった人物です。
勝次郎氏が禅に傾倒したきっかけは、住友別子銅山の経営を立て直した実業家・伊庭貞剛(いばていごう)氏の存在でした。伊庭氏の人格の根底に「禅」があると知り、彼の紹介を受けて大阪・寒山寺の松井全方(まついぜんぽう)和尚に師事。以来、多忙な仕事の傍ら1日3時間の坐禅を日課とし、禅の教えを心の拠りどころとしました。
さらに、神戸・御影の別荘を改築し、「伝芳庵(でんぽうあん)」と名付けた禅道場を開設。学生や社会人にも開放するなかで、若者の人間形成を目的とした禅塾をつくろうと思い立ちました。
禅塾の候補地として勝次郎氏が選んだのが、この長岡京の地でした。当時は周囲に視界を遮る木々も少なく、高台から京都や奈良方面まで見渡せたそう。開放的な眺めと静かな環境を気に入り、この地で禅塾創設の準備を進めました。
約3000坪の敷地に、禅堂をはじめ、塾生が生活する寮舎や食堂(じきどう)などを備えた施設を計画。しかし勝次郎氏は、開塾を見届けることなく1935(昭和10)年に亡くなります。その遺志を息子やゆかりの企業が受け継ぎ、1939(昭和14)年、長岡禅塾が創立されました。
禅宗様式の建物群を手がけた東畑(とうはた)建築事務所は、大阪・関西万博のシンボル「大屋根リング」の基本設計に携わったことでも知られています
それから90年近く経った今も、勝次郎氏の玄孫で財団理事長の岩井則雄さんをはじめ、ゆかりの企業の支援によって禅塾の運営が続けられています。
趣ある空間で営まれる、暮らしそのものが禅の修行
現在、長岡禅塾を切り盛りしているのが、塾頭の長谷川玄聡(はせがわげんそう)さんです。坐禅の指導はもちろん、敷地や建物の管理、食事の支度まで、ほぼ一人で担っているのだそう。食材の野菜のほか、味噌や梅干しも長谷川さんのお手製です。
長岡禅塾では現在も、学生を中心に国内外から塾生を受け入れています。 基本的に1カ月以上の滞在で、受け入れは最大13〜14名ほど。「自分で発心(ほっしん)して修行したい人を受け入れています」と長谷川さんは話します。 発心とは、自ら仏道を志す心を起こすこと。つまり、自ら「禅を学びたい」「修行したい」という意志を持つ人のための場所です。
禅塾での生活には、「三黙道場(さんもくどうじょう)」という禅の教えが息づいています。三黙とは、禅堂、食堂、浴室の3か所での沈黙を意味します。
・禅堂での沈黙は、呼吸と姿勢に心を戻すための“余白”をつくる。
・食堂での沈黙は、食事を「命をいただく行為」として丁寧に味わう感性を育てる。
・浴室での沈黙は、身体を清める行為を雑念なく行い、心身を整える。
この3つが揃うことで、日常のふるまいそのものが坐禅と同じ質を帯び、静けさが生活全体に浸透していくというもの。時代が移り変わっても、この考え方は今も禅塾の日常の中で大切に守り継がれています。
“三黙”の教えが守られる場所の一つ、食堂。食事などで必要な時だけ長机を並べます
一方で、学生を取り巻く環境の変化に合わせた工夫も。門限の延長やWi-Fiの整備など、現代の学生が勉強や修行に打ち込める環境づくりに取り組んでいます。
塾生に割り当てられる3畳半2間の個室。簡素なしつらいながら、窓からは緑豊かな庭を望めます
最初は慣れない共同生活に戸惑う塾生もいますが、暮らすうちに「とにかく静かで落ち着く」と感じる人が多いのだそう。禅塾生活を経験すると、これまでと違った「整う暮らし」を実践できそうですね。
呼吸を整え、「今」と向き合う坐禅のひと時
仕事や家事に追われる日々のなかで、心を落ち着かせる時間を持ちたいーー。そんな人におすすめなのが、長岡禅塾で開かれている一般向けの坐禅会です。今回は取材の一環として、長谷川さんの指導のもと、スタッフ一同で坐禅を体験させてもらいました。
禅堂の南側には放生池(ほうじょうち)を配した庭園が広がり、堂内に心地よい光と風を届けています
会場は、寮舎の奥に構える禅堂。禅塾の中心となる建物で、風格のある佇まいに思わず背筋が伸びます。障子越しのやわらかな自然光が室内を照らし、開け放たれた窓からは鳥のさえずりや葉擦れが聞こえてきました。
寮舎で草履に履き替えて禅堂へ。素足で踏む藁の感触が新鮮です
まずは長谷川さんから坐禅の作法を教わります。姿勢を整え、手を組み、目は閉じずに視線を斜め前へ落とす半眼(はんがん)に。呼吸を意識しながら、心の中で「ひとーつ、ふたーつ」とゆっくり数えていきます。
作法を一通り教わると、お鈴が鳴り、一礼。続いて拍子木が打たれ、いよいよ坐禅の始まりです。
「短縮版の10分でも長く感じるかも……」と身構えていましたが、呼吸に意識を向けていると、いつしか時間のことも忘れていました。途中、長谷川さんが静かに歩み寄り、警策(けいさく)を右肩、左肩へ二度ずつ。警策と聞くと痛そうな印象がありますが、実際は軽く肩を打たれる程度。パシッという小気味よい音とともに、気持ちがキュッと引き締まりました。
やがて再び拍子木とお鈴が鳴り、坐禅は終了。本来の坐禅体験会では約30分行われますが、10分でも充実感を味わえ、終わってみればあっという間でした。足がしびれることもなく、なんとなく頭がすっきり。「もう少し続けてみたい」と思えたのは、自分でも意外でした。
体験の最後、長谷川さんはこんなことを話してくださいました。
「坐禅は『今』と向き合う行為です。ここでいう『今』とは、時計の現在時刻ではありません。過去の後悔や未来の不安などに引きずられず、目の前の動作に心を置くという、心のあり方のことです。坐禅体験でその感覚を味わい、ご自宅でも実践していただけたらうれしいです」
初心者歓迎!目的に合わせて選べる3つの坐禅会
長岡禅塾では現在、初心者からじっくり禅に親しみたい人まで、それぞれに合った3種類の坐禅会を開催しています。参加申し込みは、各坐禅会の予約フォームで受け付けています。
※最新の開催日程はHPをご確認ください。
◎夜明け前の静寂を味わう「暁天の座」
夜明け前の澄んだ空気のなかで行われる早朝坐禅会。読経や坐禅、作務などを体験しながら心静かなひと時を過ごせます。
開催日時:2026年8月1日(土)〜7日(金) 各日早朝4:45〜7:30頃
内容:読経、坐禅、作務(庭や建物の掃除)、粥座(禅の作法に則ったお粥の食事)
参加費:500円(大学生・大学院生は無料 ※社会人学生は対象外)
◎坐禅のキホンがわかる「坐禅体験会」
初心者向けの半日プログラム。塾頭の指導のもと、本格的な禅堂で坐禅を体験します。施設見学や法話を通じて禅塾への理解も深まります。
開塾当初からある図書室など、施設内は見どころ豊富
開催日時:2026年8月8日(土)、9月5日(土)、10月3日(土)、11月7日(土)、12月5日(土)
各日9:30〜12:00頃 ※作務参加者は15:00頃まで
内容:施設見学、坐禅基礎講座、読経・坐禅、法話・入塾相談会、茶礼、作務(希望者のみ)
参加費:500円(大学生・大学院生は無料 ※社会人学生は対象外)
◎禅塾生活のお試しに「一泊禅生活体験会」
禅塾に一泊し、塾生と同じ生活リズムを体験できる宿泊プログラム。夜と早朝の坐禅、作務、食事などを通じて、禅のある暮らしに触れられます。
開催日時:2026年8月8日(土)、9月5日(土)、10月3日(土)、11月7日(土)、12月5日(土)
各日9:30〜翌8:00
内容:建物案内、坐禅、読経、作務、夕食、朝食
参加費:2000円(大学生・大学院生は無料 ※社会人学生は対象外)
長岡京市にこんなに本格的な禅道場があったとは……と驚いた方も多いのではないでしょうか。市内にお住まいなら、ふだんの生活圏から通える身近さ。京都市内からも、長岡禅塾の最寄り駅まではJR京都駅から約10分、阪急京都河原町駅から約15分とアクセス良好です。
一歩足を踏み入れると、そこには日常とは違う静けさが広がっています。心を整える時間がほしくなったら、坐禅会にぜひ足を運んでみてくださいね。
INFORMATION
長岡禅塾
075-951-1010
京都府長岡京市天神2丁目16-1
阪急「長岡天神」駅から徒歩約12分、JR「長岡京」駅から徒歩約20分
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