西国街道に残る歴史的建造物の中でも、ひときわ目を引く「おばんざいとお酒 なかの邸」。江戸時代から続く中野家住宅を改装したこの建物は、国の登録有形文化財になっています。歴史を感じる佇まいはもちろんのこと、伝統建築と数寄屋建築が融合した空間、建築家・藤井厚二の影響を受けているお茶室は、建築好きも必見です。
今回は、なかの邸の改修にも携わった建築家、中田哲さん・貴子さん夫婦とともに、その魅力を徹底解剖!歴史的背景から建築美、そしてグルメ情報まで、なかの邸のすべてをご案内します。
案内人は文化財の改修を得意とする長岡京市在住の建築家夫婦
建築家の中田 哲(さとし)さん、貴子(たかこ)さん夫婦
建物を案内してくれるのは中田哲建築設計事務所の中田哲(さとし)さん、好日舎の中田貴子(たかこ)さん夫婦。長岡京市に事務所を構え、日本の伝統的な建築様式を取り入れた設計や、文化財の改修などを得意としています。
2019年に行われた、なかの邸の改修もお二人が担当。なかの邸だけでなく、錦水亭や聴竹居(ちょうちくきょ)のツアーガイドを務めるなど、西山の文化財に精通しています。
長岡京の発展に貢献した名家・中野家の住まい
中野種一郎の息子一家と戦後の改修を手掛けた大工、北村傳兵衛(きたむらでんべえ)
西国街道沿い、風情たっぷりの建物で食事や喫茶が楽しめるなかの邸。もともとは、江戸時代末期に建てられた中野家の住まいでした。なかでも長男としてこの家に生まれた中野種一郎の功績は偉大!
神足(こうたり)駅(現JR長岡京駅)の誘致に貢献し、初代伏見市長(現伏見区)、京都市会議員、京都府会議員を経て、衆議院議員まで務めた人物です。立派な建物を見れば、この地域で名を馳せた名家であることがうかがえます。
西国街道の面影を残す、風格ある表構えに注目!
西国街道とは、京都から西宮、そして下関へと続く江戸時代の幹線道路。そんな場所に家を構えた中野家は、間口の広い敷地にゆったり構える近郊農家の特徴のなかに、西国街道沿いの格子状の表構えや間取りに町家としての特徴を併せ持つ旧街道沿いの伝統的な建物です。
「まず、見ていただきたいのは屋根の瓦。色の濃い部分が江戸時代末期に建てられた当時のものなんですよ」と哲さん。
2019年の改修時には全て新しい瓦にするのではなく、鬼瓦や※刻み袖瓦(きざみそでがわら)といった特殊な役物瓦をできる限り保存しながら、屋根の葺き替えを行ったとのこと。
さらに哲さんは「鬼瓦には『中野』の文字が入っているんです。この建物の為につくられたものなんですよ!」と教えてくれました。
※刻み袖瓦とは、屋根の側面に使われる瓦の一種
京都で腕利きの大工・北村傳兵衛による改修跡
木造船の古材を装飾に!?
中野家住宅は国の登録有形文化財になっています。登録を受けた建物は、江戸末期に建てられた主屋と土蔵、傳兵衛により昭和26年(1951)に建てられた茶室の3棟です。
この住宅に戦後、中野種一郎の五男夫婦が暮らすために、京都の町家大工、そして数寄屋大工としても有名だった北村傳兵衛(でんべえ)に屋敷全体の増改築&改修工事を依頼しました。
まずは、こちら玄関横の※腰板を是非見てください!
※腰板とは、壁の下部分に取り付けられる板のこと。壁の保護や装飾などの役割がある
「こちらの腰板の不思議な模様なんだと思います?」と笑顔いっぱいの貴子さん。
「実はかつて木造船に使われていた古材が使われているんですよ。舟板を再利用した仕上げは水に強いとされ、滋賀県の五個荘(ごかしょう)など、近江商人が活躍した街ではよく見られますが、この辺りでは珍しいもの。いつの段階で腰板が張られたのかはわかっていないのですが、素材の持ち味を活かす遊び心あふれる意匠だと思います。」
珍しい腰板に魅了されたら、いよいよ中へ!
時を超えて傳兵衛の想いを感じる、綿密な資料
こちらは傳兵衛がまとめた中野家の資料。増改築の箇所が赤色、改修箇所が黄色で示され、さらに図面や写真も豊富に掲載し、改修後の様子が詳しく解説されていますね。
特に注目したいのは、傳兵衛が改修時に作成した図面です。この図面からは、傳兵衛が以下の2つの動線を重視したことが分かります。
1. お客さまが待合から庭を通り、茶室へ向かうルート
2. お客さまを迎えた後、裏側を通って水屋で準備をするルート
これらの動線を明確にすることで、お客さまをもてなすためのスムーズな流れを生み出そうとした意図が伺えます。
傳兵衛の綿密な設計思想がうかがい知れる当時のパース図も残っている
玄関入ってすぐ、現在テーブル席となっているこちらの部屋。ここは傳兵衛が改修した場所です。詳しくみていきましょう。
頭上の木材に比べ、手が触れている木材の色が濃い
こちらは、木材の色の違いがよく分かる箇所。木材の色が部分的に異なっているのが見て取れます。濃い色の木材は、元々この建物に使われていたもので、長い年月を経て深みを増したもの。一方、明るい色の木材は、後から付け足されたものと考えられます。
床の間を見上げると、長岡京のシンボルである竹を使った※網代(あじろ)が目に飛び込んできます。竹細工の技術が光る美しい網代にも、ぜひご注目ください。
※網代とは、竹や木を編んで作られた日本の伝統的な建材。天井などに使われ、美しい模様と涼しげな雰囲気をもたらす
「この建物は、北村傳兵衛さんが隅々まで手を尽くして改修してくれたものです。私たち夫婦は、その丁寧な仕事ぶりに感銘を受け、改修の際は、見えないところで断熱や耐震補強をするに留めています。できるだけそのまま後世に受け継げるように、先人たちの思いを大切にしています」と哲さんは語ります。
名建築・聴竹居のエッセンスを取り入れた!?傳兵衛ならではの茶室「皎庵」
町家大工ながらも茶室にも造詣が深かった傳兵衛は、流派を超えて茶室を実寸して回るほど研究熱心でした。また、茶室についてまとめた共著では、当時にしては珍しい英語表記を取り入れており、世界に向けて発信しようとしていたことが分かります。
ちなみに、こちらの茶室「皎庵(こうあん)」は、裏千家の14代家元・千宗室(せんそうしつ)による命名。「心の清らかな人が交じり合える庵であるように」との願いが込められています。
中田さん夫婦は、「世界からも注目されるモダニズム建築の傑作と言われる『聴竹居(ちょうちくきょ)』を手がけた建築家・藤井厚二(ふじいこうじ)との親交が、傳兵衛に大きく影響しているのではないか」と、傳兵衛と藤井厚二のつながりに思いを馳せます。
大正時代頃から見られるようになった照明付きの茶室。皎庵のデザインには、藤井厚二の影響が色濃く表れているんだとか。
「天井を中央で四分割し、高低差をつけて照明を組み込むという手法は、従来の茶室には見られない大胆で斬新なものです。これは、伝統的な枠にとらわれない傳兵衛と、直線や幾何学模様を得意とする藤井厚二ならではの発想と言えるでしょう」と哲さんは語ります。
なかの邸を訪れた際には、ぜひ隣町の大山崎町にある聴竹居(※要予約)にも足を運んでみてください♪
まるでタイムスリップした気分に!江戸末期の姿を留める座敷
主屋の座敷は、江戸時代末期の雰囲気を色濃く残しています。中田さん夫婦は、「この座敷で、当時の人々の暮らしを体験してほしい」と考えています。座る場所を変えれば、庭の景色や奥に見える茶室の印象もガラリと変わります。まるで中野家の人々になった気分でゆっくりと景色を眺めてみるのも良いですね。
左上/中野家の家紋「違い鷹の羽」をあしらった欄間
右上/蛾か蝶をかたどった存在感のある釘隠し
左下/指物職人の細かな手仕事が光る麻の葉の細工
右下/中野家の土間でお酒を販売していた頃に羽織っていたと伝わる印半纏(しるしばんてん)
細部にまで目を凝らすと、座敷も見どころが満載。材木選びのこだわり、繊細な意匠の数々、建てた人の美意識が随所に垣間見られます。写真に収めたくなる美しいものが、きっとたくさん見つかるはず♪
ごはんも、コーヒーも大満足の人気グルメスポット「なかの邸」
おばんざい、熟成ローストビーフ、季節のメイン料理、宮津産一刻干し、釜飯がセットになった夜の「なかの邸コース」4,900円
現在、なかの邸は、一般社団法人「暮らしランプ」が運営しており、誰でも食事が楽しめる場所になっています。
京都の出汁や魚にこだわったお料理や、蔵で自家焙煎するコーヒーが大好評。その歴史と文化が薫る空間で過ごす時間は、まさに至福のひとときです。建築を見学したい方は、ぜひ合わせてお食事をご堪能ください。通常は主屋までの利用ですが、茶室は500円で見学することもできますよ。
最後になかの邸を運営する一般社団法人「暮らしランプ」の小林さんにお話をうかがいました。
「ここは、働く仲間たちにとっても地域にとっても大切な交流場所。歴史的価値のある建物を維持する良いモデルケースとなるように、なかの邸らしい取り組みを続けることが私たちの役割です。さまざまな交流を通して何かが生まれるような、地域の文化拠点でありたいですね」
これからも、たくさんの人たちの思いが繋がって、あらたな歴史を紡いでいきます。
information
おばんざいとお酒 なかの邸/075-959-2877/長岡京市調子1丁目6-35/ランチ・カフェ11時30分~15時(LO14時)、ディナー18時~22時(LO21時)※ランチ・ディナーは要予約/日・月曜休/阪急「西山天王山」駅から徒歩約6分/Pあり/HP/Instagram @kurashilamp_nakanotei
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